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楽しみながらラクに成果を上げる仕組みを考える

大学生になってポケモンをやり直したら全く違う面白さに気づいた

f:id:tadaken3:20190915104448p:plain ポケットモンスターの第一作「ポケットモンスター赤・緑」は1996年に任天堂から発売された。このポケモンに小学生のボクは魅了された。

ポケモンの基本的な楽しみ方はポケモンを捕まえることだ。主人公はポケモン図鑑を完成させるべく旅に出る。

ポケモンにはたくさんの種類がいて、ゲームを始めたユーザーが一番最初に出会う珍しいポケモンはピカチュウだ。

ストーリー序盤のトキワの森にピカチュウで低い確率で出会うことができる(かもしれない)。ボクが小学生の頃、ピカチュウに出会うために、30分以上もトキワの森をウロウロしていた記憶がある。

どんどんポケモンを捕まえながら、ストーリーを進めていく。

ストーリー終盤、ボクは「サンダー」や「フリーザー」「ファイヤー」といった(ストーリー上の)伝説のポケモンを捕まえていった。どんなポケモンでも捕まえることができる「マスターボール」を温存し、ラスボスの伝説ポケモン「ミュウツー」も捕まえた。

この当時、ボクにとっての「珍しいポケモン」「強いポケモン」はまさに伝説のポケモンだった。友達に伝説のポケモンを自慢をして悦に浸っていた。

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最強のポケモンを捕まえた喜ぶ小学生のボク

時代は流れ、ボクは大学生になっていた。あるとき、ポケモンの新作「ダイヤモンド・パール」が発売されるとCMでみかけ、当時ニンテンドーDSがブームだったこともあり、ポケモンを買った。その時、ふただび、ポケモンにハマった。そのときにハマったのがポケモンバトルだ。

ポケモンではじめてインターネット対戦が搭載された。インターネットを通じて、世界中の人と自分が育てたポケモンで対戦することができるのだ。大学生のボクは、ポケモンバトルの対戦相手を求めて、2ちゃんねるの「リアルポケモンリーグ」略してリアポケリーグのスレに入り浸っていた。

そのときに知ったのだが、ポケモンには実は隠しパラメーターが存在する。ポケモンマニアの間の言葉で種族値、個体値、努力値という。

実際は初代の「ポケモン赤・緑」にも実装されていたようなのだか、小学生のボクにとっては、インターネットもなく、友達から得られた噂話、攻略本の、ほんとかどうかの怪しい情報がすべてだったので「種族値、個体値、努力値」のことを理解したのは大学生の時だった。

この「種族値、個体値、努力値」という概念はボクにとっての「ポケモンの強さの定義」を完全に書き換えた。

簡単に説明すると同じピカチュウでも性格や個体差があり足の速いピカチュウもいれば力の強いピカチュウもいる。対人戦ではこの個体差がバトルに強く影響する。

そのためポケモンバトルにはまっているユーザーは、同じピカチュウでもバトルに勝つために、自分のパーティーに合わせて100匹200匹とピカチュウを捕まえて、それらを厳選し、自分のパーティーにもっともあったポケモンピカチュウを育てていく。

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たくさんのピカチュウを厳選する大学生のボク

ここで気づいたことがある。小学生のボクも大学生のボクもポケモンの遊ぶ行動原理は「強いポケモン、珍しいポケモンを捕まえる」と同じなのだ。ただ、小学生のボクと大学生のボクで「強いポケモン」「珍しいポケモン」の定義が異なっているのだ。

小学生のボクにとって、「ミュウツー」は「強いポケモン」だった。だが、ストーリーをクリアし終わると、「ミュウツー」はみんな持っていることに気がつく。

そこで、当時、コロコロコミックやテレビでやっていたポケモンのバトル番組を参考に、「スターミー」や「ゲンガー」など、バトルで活躍するポケモンを一生懸命育てていた。

大学生になったボクは、小学生の時よりも、ポケモンのバトルに、のめり込んでいた。ポケモンのステータスの計算の仕方を理解し、大量のイーブイを捕まえては、たくさんの「ブラッキー」を育てては、個体値をみて、バトルに使えるか判定していた。大学生のボクにとっては、「ミュウツー」はただの図鑑を埋めるためのおまけになっていた。

小学生のボクは、ゲームのシナリオとして用意された伝説のポケモンが「強いポケモン」の象徴だった。だけど、大学生のボクは、「ポケモンの強さ」を自分の中で見出していた。

例えば、ポケモンバトルの世界では、今まで注目されていていなかったポケモンも他のポケモンと組み合わせる事によって突然強いポケモンになることがよくある。

攻略WIKIには載っていないポケモンを、色々と仮説を立て、育て、バトルで戦って、どんどんと検証して自分の中で最強のポケモンを探していた。大学生のボクの中でポケモン、仮説検証サイクルを高速にまわす知的な遊びになっていた。

やっていることの原則は小学生のボクも大学生のボクも変わらない。「強いポケモン」を育ているということだ。

ただ、小学生のボクと大学生のボクでは強さの定義が全く異なっている。ポケモンは突き詰めれば、非常に奥行きのある心理バトルゲームだ。一方で、令和の時代を生きる小学生にとっても、迷わず楽しめるよう間口の広さをしっかりと用意している。

ここにポケモンの奥深さがある。原理原則は同じなのにポケモンの奥行きが人によって異なっている。ポケモンすごい。

なんだか久しぶりにポケモンが遊びたいな。